<小説> 下 忙しい中で出来ることの見つけ方
<小説>です。
今回は、「忙しい中で出来ることの見つけ方」です。
忙しすぎて、本来の業務が出来ていない時の業務の方法を小説にしています。
上・中・下 とある予定でしたが、中は要りませんでした。
<下>
ふと、机の端に目をやると、S氏の名刺が置いてあった。名刺には「営業方法など、お手伝いできることあればメールください」と添えてある。
ものは試し。A氏はS氏へメールを送信した。
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本社営業部
S 殿
お疲れ様です。
先日は、当営業所まで足をお運びいただきありがとうございました。
私、Aは営業をしておりますが、もしよければ営業手法のアドバイスなどいただけると幸いです。
Aより
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メールを送って次の日、S氏から返信が来ていた。
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営業所
A 殿
メール、ありがとうございます。
早速のご相談、非常に嬉しく思っております。
メールではなんですから、時間の有る時会って話をしませんか?
休日でも全然構いません。
S
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メールを受けて、A氏は週末にS氏とのアポを取った。
−−−当日
A氏が早めに待ち合わせのカフェで待っていると、S氏は時間ピッタリに来た。
S氏はオーバーサイズのシャツにスキニージーンズのシンプルな格好をして、手には会社用だろうか、黒いビジネスバッグを持っている。彼の童顔も相まって、「大学生です」と言われても納得してしいそうだ。ただ、黒いビジネスバッグだけが浮いて見える。
二人共カフェでコーヒーを注文した。S氏は相変わらずニコニコしながら話し始めた。
「今日は、営業方法の相談をしていただいてありがとうございます。」
「いえいえ、そんなことはありません。休みの日にわざわざ東京から来てもらって恐縮です」
A氏は恐縮しながら答えた。
両氏は世間話を交わしながらコーヒーを飲んだ。それから、S氏が切り出した。
「それで、営業方法の相談、どのようなものですか?」
A氏は少し考えたような様子で話しだした。
「これは、まわりの方には黙っていてもらいたいのですが…」
「もちろんです。今日会ったことも誰にも話しませんから、ご安心ください」
S氏は優しくしっかりと答えた。まるで悩み相談の精神科の先生のようだ。
「ありがとうございます。今回の相談が僕の評価に響くのも嫌なので…」
S氏は「わかってる」とばかりに無言で深く頷いた。
「僕は営業担当なのですが、営業が出来ていないのです。この前、Sさんが言ったとおり僕の営業所は誰一人として営業活動なんて出来ていません」
「そうなんですか、詳しく教えてください」
「ええ。僕たちの住設機器は戸建ての家で言えば、ほぼ出来上がってから設置するものです。しかし、この「ほぼ出来上がってから」というのが癖ものです。住宅の工期は大体うまく行くのですが、工程管理を間違うと大変なことになってしまいます。ですから、現場巡回が多くなるのです。今だって、決して現場は少ないわけではないので・・・」
「なるほど。目標達成しているのに、マーケット分析やセールス技術は上がっていない理由は現場の多さにあるのですね。むしろ、営業しなくても仕事は有る状態ということだ。」
「そのとおりです。」
A氏がそう答えると、S氏は一度ため息をついた。
「ただし、今までは良かったが、もし競争相手が出てきたときが、営業する間もなくシェアは奪われる」
S氏がそう言うと、A氏は納得いかないような様子で頷いた。
その様子を見て、S氏は笑顔で続けた。
「例えば、今の私達が居る住設メーカーはいくつかの会社が合併して出来ている。その理由は、名目上合併してスケールメリットを得るというものだが、実際競争激化で売上も純利益も落ちてきて仕方なく、というのも大きな理由の一つです。その各々のメーカーだって初めは営業しなくても仕事は有ったはずです。つまり、営業できなくても何か方法を考えておかないと、永遠に続く会社は無いということはわかっておいたほうが良いでしょうね。」
S氏の言葉に、A氏は深く頷いた。
少し、A氏は考えたあと、S氏に尋ねた。
「では、”営業を考える”といっても、僕はどうすれば良いのでしょうか」
「その件ですが、Aさんの”自分は営業活動をしていない”という意識から疑ってみませんか?」
「どういうことですか?」
「つまり、Aさんは現場巡回ばかりしていたとして、それが営業活動をしていないということとイコールなのか、ということです。先週の業務は何をしていましたか?」
「ええっと、竣工が三件あったので、住設機器の使用説明を監督と御施主様に向けて行いました。特に、竣工前の物件は忙しいのでその部分に手を取られていました」
「なるほど。今、”監督”と言いましたよね。その監督さんは恐らく営業先の社員でもあるのでしょう?」
「ええ、そのとおりです。」
「ということは、Aさんがその現場で一生懸命仕事していること自体が営業活動になるとは思えませんか?」
「そんなことあるでしょうか? 監督は頼りになりますが、営業先などと思ったことはあまり・・・」
「しっかりとした会社であれば、営業側と工事担当側とで連携は取れています。工事担当は営業の事はわからないので、詳しいことは説明せず少しだけ世間話の時に自分のメーカーのアピールをするだけで良いのです。」
「そんなものでしょうか・・・」
「これは少し的の外れた例ですが、Aさんが好きな女の子を落としたい時、ターゲットの友達にもAさんの良さをアピールするでしょう? それと同じで、キーマンだけへの営業だけでは効果は薄いのです。」
「的は少し外れているような気もしますが、その考え方だと僕も営業しているような気がします。今まで、監督とは工事で苦労した話や天気の話ばかりだったので、少しずつでもアピールしてみようと思います。」
「ええ。是非。Aさんの営業所は目標達成も出来ているので自信を持ってやってくださいね」
S氏はそう言うと、コーヒーを飲み干した。
・・・一ヶ月後・・・
A氏は、監督や時々来る営業担当との世間話の中で自社製品の軽いPRを続けた。
その地道な声が営業担当のキーマンの耳に入り、新築住宅の”セット提案”の住設機器の一つとして提案させてもらう機会も得られた。勿論、監督から「現場の忙しさ」も耳に入っていることから「提案の時は、都合の良い時で良い」とキーマンから言われ、やりやすい提案となった。
この後、A氏は営業所内の営業会議で今回の提案事例を紹介し、営業所内の良い刺激となった。
営業は、キーマンに対するプレゼンボードを使った提案だけではありません。「人」で売るものだから、営業先の全ての人に対して全てが営業になり得るのです。
ですから、営業先へもメールで済ますのではなく、時間が有る時は足を運んで顔見せもしたりすることが重要なのです。